飯塚にも友情はあるんだ!猛牛天山広吉引退っ

最後まで天山広吉
「……本当に、最後なのですね」
8月15日、両国国技館。
ついに、天山広吉選手の現役最後の試合がやってきました。
新日本プロレスのリングで長きにわたり戦い続け、「猛牛」の異名を背負ってきた天山選手。
1990年代から現在まで、時代が変わり、リングを取り巻く景色が変わっても、その豪快なファイトスタイルは変わりませんでした。
G1 CLIMAXで頂点を争い、IWGPヘビー級王座を手にし、そして小島聡選手との「テンコジ」としてIWGPタッグ王座を何度も獲得してきました。
輝かしい実績だけではありません。
勝った日も、負けた日も、苦しい時期も、天山選手はリングに立ち続けました。
そして最後の試合。
当初は「5分」という予定だったにもかかわらず、天山選手自身の申し出によって、まさかの時間無制限マッチへ。
……最後の最後まで、猛牛なのですね。
モンゴリアンチョップ。
そしてアナコンダバイス。
これまで積み重ねてきた技を一つひとつ繰り出し、残された力をすべてリングに置いていく。
勝敗というものは、もちろん大切です。
しかし、この日の天山選手にとっては、勝ち負け以上に「最後まで自分らしく戦う」ことこそが大切だったのではないでしょうか。
そして試合後――。
天山選手が最後に呼びかけていた、かつての友情タッグパートナー、飯塚高史さんが姿を現しました。
……ですが。
飯塚さんといえば、やはり警戒してしまいます。
「まさか……アイアンフィンガー・フロム・ヘルでは……?」
そう思った方も、少なくなかったはずです。
【新日本】天山広吉 引退試合で小島聡と魂の戦い! 飯塚高史も電撃来場&まさかの改心で「友情タッグ」奇跡の復活|東スポWEB #njpwhttps://t.co/LtuLuGnRtJ
— 東スポ プロレス格闘技担当 (@tospo_battle) 2026年8月15日
ところが――。
天山選手の必死の呼びかけが、届いたのでしょうか。
かつての「怨念坊主」と、猛牛。
長い時間を経て、二人が向き合う。
そして――握手。
さらに、抱擁。
「怨念坊主にだって友情はあるんだ!」
そう叫びたくなるような、あまりにも温かい光景でした。
リングの上では、何度も激しくぶつかり合った二人。
それでも、共に戦った時間まで消えるわけではありません。
プロレスには、勝敗だけでは語れないものがあります。
敵になった。
仲間になった。
また敵になった。
それでも最後に残るのは、一緒にリングで過ごした記憶なのかもしれません。
……まあ、その感動的な場面の後には、やっぱり野上アナのシャツが犠牲になったようですが。
そこまで含めて、飯塚さんらしいですね。
そして天山選手。
最後の最後まで、あなたは「猛牛」でした。
豪快で、不器用で、熱くて、何度倒れても立ち上がる。
新日本プロレスの天山選手の引退セレモニーに参加してきました。
— 秋山準[Jun Akiyama] (@jun0917start) 2026年8月15日
天山選手とは2003年のG1クライマックスの決勝で戦いました。あの時の両国国技館の盛り上がりは今でも忘れられません。負けましたが…
今日の引退試合 天山vs小島 もあの時の様に盛り上がり、最後まで頑張っていました。… pic.twitter.com/krF6pp7ifI
新日本プロレスの激動の時代を駆け抜け、多くの仲間と出会い、多くのライバルと戦い、そして最後には、かつての盟友との握手で現役生活に幕を下ろしました。
これほど長い時間、リングに立ち続けてくださったことに、心から感謝したいと思います。
天山広吉選手。
長い間、本当にお疲れ様でした。
そして――。
「猛牛」は、最後まで猛牛でした。





